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野バラの雑記帳&ゲストブック
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卵白は天然の風邪薬! 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/28(Fri) 01:34 No.97   HomePage

昨日、「スパスパ人間学」http://www.tbs.co.jp/spaspa/をぼーっと見ていたら、卵の効用についてやっていました。特に卵白が風邪に効くんですね。

風邪薬に入っている塩化リゾチームは卵白から作るのだそうです。リゾチームとは細菌を溶かす酵素で、特にひも状のカラザに多く含まれているとのこと。

http://www.kewpie.co.jp/corp/releace_35_01.html こちらにも詳しく出てました。

番組では、卵の、より有効な摂取方法や、卵黄を摂ることで頭の働きがよくなるかどうかの実験も…。

道理で、私の頭は冴えないわけです。卵が好きじゃないんですもん(^_^;)。なるべく食べるようにしなくちゃね。



Re: アホエンは老化を防止! joy - 2005/01/29(Sat) 01:57 No.99  

なるほど、タマゴはすべての部分がサプリメントですね。そういえば今朝はアツアツご飯に卵かけでした。(^_^)
野バラさんは「アホエン」ってご存知ですか? 12月のどの番組かは記憶にないのですがテレビで見ました。ニンニクとオリーブオイルで作ります。記憶力が大きく向上し、血液がきれいになり、老化を遅らせるそうです。スペインではニンニクのことを「アホ」と呼ぶことからその名がついたそうです。私はもう2回目を作って飲んでおります。そのわりには記憶力が・・・・
で、友人にそのつくり方をあれこれ指南したのですが、もしやと思ってネット検索したらありました。野バラさんもどうぞお試しください。
http://egg.blacksilica.net/aho/
http://plaza.rakuten.co.jp/yakutenichiba555/5004
スパスパにも取り上げられたようですね。見たのはこれだったのかな?
http://prshops.ciao.jp/tv/2004/11/post_25.html



Re:アホエン:ニンニクオイル 野バラ - 2005/01/30(Sun) 07:59 No.100   HomePage

アホエン、知りませんでした。スパスパ人間学で11/18に放映されたんですね。

ニンニクというと炒めたり揚げたりするとおいしいですが、それではいけないんですね。100度以上にならないよう、湯煎で温めた油にみじん切りニンニクを入れると、有効成分が作られるんですか。そうすると、ドレッシングなどに使うといいかもしれませんね。血管系の病気で突然死、というのが一番怖いので、こんど作ってみます。

ajoと書いてアホ。ニンニクと聞いたら、アーリオ・オーリオ(aglio olio)という言葉が思い浮かんだんですが、こちらはイタリア語のニンニクオイルでした。ajo、aglio、garlic、発音は似てませんが、つづりは微妙に似てますね。

役立つ情報、ありがとうございました。



Re:No.95 発電式LEDライト 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/28(Fri) 01:04 No.96   HomePage

joyさん、冷陰極管のご説明ありがとうございました。最近の技術革新は、スピードが昔とはまったく違って、実用化されるのも本当に早いですね。

ところで、クレジットカードの請求書と一緒に入っていたカタログに、発電式LEDが載っていました。これは便利ですね。30秒振れば20分点灯する。ということは、コイルと永久磁石と充電池が入っていて、まさに中学時代勉強したファラデーの電磁誘導の原理でしょうか。

私は電気が流れる仕組みを人に説明できるとずっと思ってきたんですが、数年前ふと忘れていることに気づきました(^_^;)。思い起こさないと何でも忘れてしまうものですねー。って、joyさんは違うかもしれませんが…。



Re: Re:No.95 発電式LEDライト joy - 2005/01/29(Sat) 01:33 No.98  

おおっ!ありましたね!発電式LED懐中電灯。形は違いますが内容はほぼ同じです。私の息子のところにありましたので今は手元にありませんが原理は野バラさんのおっしゃる通りだとおもいます。
ハンドルを手でぐるぐる回して発電、充電です。フェライトの磁力を切ると発電しますから。電球よりはるかに消費電力が小さいから電池も長持ちします。便利なものですね。

真空管やブラウン管が半導体により、デジタル時代になってからは確かに私たちの身辺は一変しています。電話、携帯電話、コンピュータ、ラジオ、テレビ、オーディオ機器、CD・DVDなどの記憶メディア、その他の家電など。LEDや冷陰極管などはもっと身近にわたしたちの生活に関係してくると思います。



発光ダイオード・LEDとは 投稿者:joy 投稿日:2005/01/23(Sun) 11:08 No.92  
ぼくも発光ダイオード(LED)についてはクリエイターとしての情熱をかなり入れ込んできました。LEDについてエッセイを書いていますのでその一部を抜粋して転載します。
野バラさんは着眼点がすばらしいですね。このライティングオブジェは何を隠そうグラスファイバー理論の延長なんですよ。正しくは透明アクリル板のエッジライトです。片方の断面から光が入ると途中側面から光を逃がすことなくもう片方の断面(エッジ)から光を放出します。光ファイバー通信も高純度のファイバーでこの理論を応用しているわけです。ぼくの作品にもLEDを使ったものがあります。フェードイン、フェードアウトで演色効果が素晴らしいですよ。あとで説明しますが青色LEDが発明されてからはなおさらです。少し長いですが興味のない部分は飛ばしてください。では・・・

1990年、世界の産業にとって画期的な発明がなされた。青色発光ダイオード(青色LED)の発明である。世界の産業界が歓喜の声とともにその発明を歓迎した。しかもその発明は日本人の発明である。四国のさほど大きくはない企業である日亜化学の技術者である中村修二さんがその発明をしたのである。ではなぜ今、これほどまでに世間で騒がれ、発明の対価が200億円というとてつもない金額の判決を裁判所は出したのだろうか。それだけではない。その時の裁判所見解は発明の対価は600億円とも試算している。なぜこんなとんでもない金額に匹敵するのだろうか。

ぼくがLEDの魅力に取り付かれたのは今から15年ほど前だった。高輝度LEDが商品化されてはいたが赤、緑、オレンジ色ぐらいだった。その新しい発光体は電球でもなくネオン管でもない、いわば半導体である。可動電圧は24V・12Vと低電圧であり、消費電力も電球などに比較するとかなり低い。なによりも寿命が長い、半永久的といってよいのである。そしてレスポンスのよさは抜群だった。胸の躍るようなそのLEDを使っていろいろと新製品を考えては製品化、商品化を考えた。それから数年して青色のLEDが近くできるとの噂が関係者の間で流れ始めた。

ある時、LEDを研究していたある工業大学を退官した元教授がぼくを訪ねてきた。一緒に仕事しないかと誘ってくれた。元教授はたしかに学問的な知識はあったようだが、実践に裏打ちされたものでないから何をいっても迫力に欠けていた。つまり自分でパーツセンターをあさり、部品を買い集めて実用目的で試作し、自分で半田ごてを握り、失敗や成功を重ねた経験がないのである。すべて文献かなにかで誰かの経験の借り物でしかなかった。
かなり長い時間話したが、実践上の結果が原因だったと思うが途中何度か意見が食い違った。そのたびにやや初老の元教授はプライドからか、顔をゆがめた。以後、元教授と会うことはなかった。

LEDの長所は何といっても反応のよさとローコストである。さらに発展させるならエコロジーに貢献するのである。現在、照明用の光源である電球は白熱球、ハロゲン、水銀、ナトリュームなど多種多様である。しかしどれにも共通しているのは商品そのものが高価であり、一定の寿命があり、電力消費が大きいことである。エネルギー不変の法則がある。ここでそれを適用するならば、同じ光量を発生させるには電圧が低ければ電流が多く、電流が少なければ電圧が高いかである。しかしLEDにはそれが通用しないのである。その原理は『目には目を、光には光学を』である。前置きが長くなったがエコロジーの最大要因はもうおわかりのように電力消費が小さいということである。

・・・・・・・・

色の三原色は皆さん良く知っていると思う。赤、青、黄である。色は微妙だから正しく表せばマゼンタ、シアン、イエローということになる。この三原色をそれぞれの必要量で調合してゆけばフルカラーの印刷物なりペインティングができる。絵を描くこともこの三原色をいかに熟知していなければいけないのかがわかる。熟知して使い方に慣れてくると、どんな色を見てもこの三色をどのように調色すれば良いかが瞬時にわかるようになってくる。ぼくは関連した仕事に永い間従事してきたため、今でも瞬時に分色することも調色することも頭の中でできる。この世界に見える色はすべてこの三原色から成り立っているのである。

しかし光の三原色となれば、反射するマゼンタ、シアン、イエローと違ってそれ自体が発光する色である。だから三原色も変わってくる。それは赤、緑、青の三色である。赤と緑のLEDは80年代に既に発明され、多く実用化されていた。電話機の各ボタンのそばに付いている点滅球、車のメーターやインジケーターのパイロットランプ、工場などのコントロールパネルのインジケーターランプ、また携帯電話のバックライト等、いたるところに使われている。関係しているみんなが待望しながらも青色LEDだけがまだ発明されていなかった。光もやはり三原色の配色具合でフルカラーが可能になってくるのである。

・・・・・・・

最近は白色LEDも開発され、実用化しているため新たな市場が広がってきている。白色LEDは青色LEDが発明されたからこそ可能になったのである。光は不思議なもので三原色を同比率で点灯すると白色に光るのである。テレビやPCの白の部分をルーペで覗いてみると三色の小さな点が点灯しているのがわかる。白色LEDは既存の電球に取って代わるだろうと言われている。現に先日、白色LEDの懐中電灯を手にした。超小型発電機を組み込んでいるために電池も要らない。中村修二教授の発明は計り知れないものがある。

・・・・・・・・・

そこに登場したのが青色LEDの発明、実用化であった。青色LEDの発明によってLEDによるフルカラーの大型スクリーンが登場した。その特徴は
@ 高輝度であるために画像が明るく、遠くからでも視認性が良い。
A 画面表示の移り変わりがリアルタイムである。
B 微妙なトーンの表現が可能。
C その後の技術革新で視認角度が高角度になった。
D LEDは半永久的であるためメンテナンスコストが小さい。
E LEDは省電力だからランニングコストが小さい。
など良いこと尽くしである。これを歓迎しない理由などどこにも見当たらない。

しかし磐石に見えるLEDだが、青に関して言えば、現在はコストの高い窒化カリウムが原材料であるのに対し、ごく最近、安価な酸化亜鉛を原材料とした青色LEDが発明されている。いずれにしても中村教授は現在のところ、ノーベル賞に最も近い位置にいることには違いない。



Re: 発光ダイオード・LEDとは 野バラ - 2005/01/25(Tue) 01:48 No.93   HomePage

中村修二さんの裁判も、今月11日に決着がついたようで、ずいぶんいろいろな意見が飛び交っていますね。

青色発光ダイオードは確かに画期的な発明ですよね。これを巡っては、発明のいきさつなどドラマ仕立てのテレビ番組を見たこともありますが、↓こちらのウィキペディアによると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E8%89%B2%E7%99%BA%E5%85%89%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%89

「誰が初めて作ったか、という問いに答えることは困難である」と書かれていますね。実際、青色LEDをつくっている会社は日亜化学のほかに豊田合成という会社もあるようです。知りませんでしたが、どうもお手柄は中村修二さんだけではないようですね。でもLEDや燃料電池など、省エネの製品がいろいろ出てくるのはうれしいことです。

joyさんの投稿してくださった写真の作品は「エッジライト」とのことですが、この言葉は初めて聞きました。液晶ディスプレーのバックライトとしても使われているんですね。
http://www.englink21.com/i-eng/column2/clm038/clm002.html
↑こちらに、記述は少し古いですが、エッジライト型バックライトの原理図が出ていて、なんとなく理解させていただきました(^^ゞ。

蛍光灯が電球より省エネとはいっても、発生する熱は半端ではありませんから、早く一般家庭の照明にもLEDが使われるようになるといいですね(そういえばLEDらしい、なつめ球を先日夫が購入してきましたが)。

LEDの懐中電灯は調べたらいろいろ出回っていますが、超小型発電機を組み込んだ、電池要らずの物というのは珍しいですね。懐中電灯というのは使おうと思うとたいてい電池が切れているものなので(はずしておけばいいんですが)、発電機が付いているのはいいですね。手回しで携帯電話の充電やラジオを鳴らしたりという製品もあるようですが、joyさんが購入された懐中電灯の発電機というのはどういうものなんですか? メチルアルコールで発電する、パソコンやケータイ用の電池なども開発されているというニュースは聞いたことがありましたが、そのようなものでしょうか?

私は身近な科学には結構興味があるんですが、知識といったら中学生程度で、しかも年々忘れていくことも多いのですが、joyさんのようにお詳しい方からかみ砕いた説明をお聞きできるのはとってもうれしいです。



Re: 発光ダイオード・LEDとは joy - 2005/01/25(Tue) 10:18 No.95  

エッジライトについて早速調べられたのですね。正しく液晶のバックライトもエッジライトなんですよ。これはぼくが製品開発してゆく中でわかったことです。液晶の光源はLEDとは違って「冷陰極管」というものです。この冷陰極管の技術も日進月歩です。その名のとおりこれも発熱がありません。

わかりやすくいえば、夜の繁華街を賑わしているネオンと同じ原理なんです。ネオン管の場合は直径16ミリ(何種類かある)のガラス管に何種類かのネオンガスを特殊な作業工程で封入し、両端に端子をつけて低電流、高電圧を通し管(最大180センチ)の中で放電させるわけです。すると電子放電がネオンガスに反応して赤、緑、ピンク、青などのきれいな色を出すわけです。難しいですね(ーー;)

冷陰極管もAC100Vを24Vに下げ、さらに交流を本体内部の整流器・インバーターで直流・約1000V・低電流に換えて放電させるわけです。LED同様、この冷陰極管についてもかなり研究しました。
ノートPCの液晶表示部が最近はかなり薄くなってきているし明るいですよね。あれは冷陰極管の技術革新の結果です。

また最近では薄型テレビが売れていますね。プラズマではなく液晶画面の方はこれも冷陰極管の技術革新の結果です。

このようにぼくたちの生活には、いろいろな技術が目に見えない部分で大きく貢献していると言えます。

それにしても野バラさんは好奇心がすごいですね。普通女性はこんな話にはまったく興味を示さないどころか、頭が痛くなると言って不機嫌になりますけど(笑)



Re:83 croquis(仏):懐かしいことば 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/20(Thu) 17:00 No.85   HomePage
クロッキー、私も高一の美術の授業でやりました。誰かひとりがモデルになって、数分で鉛筆か木炭で全体像を描き上げるんですよね。木炭にアルミ箔を巻いたり、練り消しゴムで消したり、本当に懐かしい。

それにしても、joyさんは小学生の頃から美術の道に進むことが、ご自身と周囲の方との暗黙の了解だったというのはすごいですね。ということは、学年でトップの成績だったんでしょうね。美術だけはクラスのトップだった私でも、そんな期待をされたことはなかったですし…。私はその後、能力を伸ばす努力もせずまるきり駄目で、努力した方や元々才能のある方とは比較にもなりませんが。

ところで、私が高校時代の先生は水彩画の大家、古川弘先生でした。ネット検索したところ、水彩連盟展に「古川弘賞」という賞があるようです。当時先生は高齢でしたが、高校が旧制中学だったころの大先輩ということで、美術を受け持ってくださっていました。

穏やかな先生で、私の作品をいつも良くできた例として取り上げてくださって可愛がってもらいましたが、卒業後数年してから肺炎で亡くなりました。

あのころ、美術部の後輩が病死したので遺作の展覧会を準備し、パンフレットに古川先生の言葉を載せたのに、展覧会を前にして亡くなってしまったのでした。

私にとって、あの後輩の死を知らされたときが、初めて死ぬことの恐ろしさを実感した時でした。美術部の部室の窓から見える風景を黙々とひとり描いていた姿、人一倍努力家で最初は下手だったのにみるみるうちに上手になっていった、あの男の子の姿が目に浮かんできてしばらくは夜も寝られなかったのでした。



Re: Re:83 croquis(仏):懐かしいことば joy - 2005/01/21(Fri) 16:50 No.86  

野バラさんは素晴らしい先生の下で真面目に美術の勉学に励まれていたのですね。だいたいの察しがつきます。なぜならぼくとは基本姿勢が全然違うようです。

もの心ついた頃からおじの影響で真似事の絵描き遊びを始めたぼくは、門前の小僧・・・で手習いを受けるでもなく周りからは自然に「joyちゃんは絵が上手だから・・・」と言われるようになっていました。小学校に入学してからは、今でいうアニメの模写を毎日毎日、せっせと描いていました。高学年になってきた頃、文化の日に合わせた美術イベントが市主催で毎年あり、当然のごとくチャレンジさせられていました。

今考えるとかなり高慢な子供だったのではないかと思います(笑)
図工の時間に石膏デッサンがあり、四角や円柱や三角錐などを組み合わせたものがありましたね。なぜみんなこうも下手なんだろう、なぜ目に見えているとおりの形が描けないのだろう、影や光っている部分がなぜ表現できないのだろうか、なぜみんな一様に下手なんだろう、と本心で不思議に思いました。

中学3年生の美術の時、県下の美術界で油絵の権威者(後で知りましたが)が美術担任でした。後に西日本の業界でボスになりました。その先生が「joy、オレと一緒に絵の勉強をしないか」と二度迫られました。が、高慢なぼくは「どうせ下手な連中に混じってやることだから興味ないよ」と言わんばかりに無視を決め込んでいました。 だが校内では絵を描くことのテクニック?は一番だったと自他ともに認める存在でした。

しかし時間をとって絵の勉強なんてまっぴらだ、それより仲のいい友達と遊ぶことの方がずっと楽しいと思っていました。中学校も高校も、みんな下手だからという理由で美術部には入らず、器楽の音楽部に籍を置き、そちらのほうに青春のエネルギーを注ぎました。

一旦は東京の美大(グラフィックデザイン科)に入りましたが当時激化する学生運動がデザイン関係の組織にも破壊活動を仕掛け、日本で最高権威の日宣美の組織が解体されるにいたりました。なにがなんだかわからなくなっていたぼくは、怪我で大手術を受け、長期療養が必要になったこともあって中途退学しました。

挫折の後、それからがぼくにとって本当の美術、デザインの勉強でした。それで二十代前半は、イーゼルに向かい、ヴィーナス、ブルータス、アポロなどの石膏とにらみ合い、石膏の後ろにある空気を描くために格闘し、木炭、パンを貴重な道具とした生活が始まりました。もちろん働きながらです。アルミ箔を巻いた木炭、超懐かしいですね。安いのしか変えなかったぼくは、木炭の固さにムラがあり苦労しました(笑)消し用のパンをおなかをすかして食べてしまったこともありました。時代は確実に動いていました。ビートルズの日本初公演が日本武道館でありました。デザイン界に横尾忠則や加納典明が新しい息を吹き込みました。巨人が破竹のV9街道まっしぐらでした。

時が経ち、ぼくのデザイン分野も幅が広がり、ボーダレス化していました。インテリア、クラフト、オブジェなどにも意欲的に取り組んでいました。
あるとき、専門誌でデザインコンペの募集記事が載っていました。主催者は仕事の関係先でしたがその審査員の先生方をみて瞬きが止まりました。学生だった頃、美大生の「体制ハンタ〜イ」の暴動の前に組織を解体してしまった、当時の日宣美の会長や会員でぼくの憧れの人たちが6人、名を連ねていました。その頃ももちろん、日本のデザイン会の重鎮としてみなさん大活躍されていました。この先生方が審査委員で入賞でもすれば大変なことになる、と直感しました。

早速数ヶ月の制作期間の後に「ライティングオブジェ」で応募しました。見事に金的を射止めました。入賞者はほとんどが東京近郊の方たちで、しかも大手の広告代理店やデザイン事務所などに所属し、さらに一つの作品に5人、10人と役割分担で制作に当たっていました。ぼくはというと、たったの一人、そうです、なんでもかんでも一人です。(笑)西日本からの受賞者は僕一人でした。

後日、帝国ホテル孔雀の間で授賞式があり、あの雲の上の方々から賞状や盾などを受け取り、審査委員長からなんとコメントまで頂きました。そのあとのパーティーでは先生達と同じテーブルに着くことができ、夢のような、信じられない数時間を過ごすことができました。その審査委員長をつとめられた亀倉雄策先生は翌年お亡くなりになりました。そのとき交わした先生方の名刺を今でも宝物のように大事に持っています。
joy50歳青春の日のできごとでした。

昨日長男のところに行ってきましたが、ぼくのその受賞作品を数年後、商品化して少量ながらネットで販売しました。なかなかの好評でしたがコストの関係なんかで追加制作はしませんでした。そうしたら3日前に、その後新作ができてるなら是非わけてほしい、というメールがきたそうです。とても懐かしく当時を思い起こしました。 昔を懐かしむなんてもう年なんですかねえ(笑)

長男が後を継いでやってくれていますがすべてがデジタル化した仕事は味気ないものです。パソコン操作の技術と専門ソフト、ツールの知識さえあればほとんど不可能はありません。それもお客さんのところに出かけ、目の前でフィニッシュできるのですから (~_~;) もちろん石膏デッサンもクロッキーも必要はありません。筆でポスターカラーを塗ることもありませんし、お客さんの気まぐれで色変え、レタリングのやりなおし、デザインの配置換えに怒ったり悔しがったりすることもありません。先日、溝指し(溝を彫っている30センチの竹製の物指し)で文字を書いて見せたら奇妙奇天烈な顔されましたよ(爆) ぼくたちの世代がいわば最後の職人なんですかねえ・・・
長々と独りよがりの投稿内容で申しわけございません。



joyさんて、すごいですねー!! 野バラ - 2005/01/21(Fri) 17:25 No.87   HomePage

とっても素晴らしいお話を聞けて、感激です!!

そうでした、そうでした。食パンを消しゴム代わりにしてたんでしたねー。ビーナスとか、ブルータスとか…、遠い昔がよみがえってきます。といっても、私は怠け者で、人がやってるのを見てただけなんです。お恥ずかしい(^^ゞ。

ところで、joyさんの作品、できれば拝見したいですねー。



Re: Re:83 croquis(仏):懐かしいことば joy - 2005/01/21(Fri) 18:21 No.88  

写りが良くないですがなんとなくイメージはわかりますか。のちほどデジカメで写してアップしましょう。



Rainbow colorですか!! 野バラ - 2005/01/21(Fri) 19:38 No.89   HomePage

光を楽しむって、心豊かになれる、とても贅沢な(いい意味で)趣味という気がします。

どうやって出来ているのかにも興味シンシン(理解できないかもしれませんが)。光ファイバーとかですか? 拡大写真もぜひお願いします。



ライティングオブジェ joy - 2005/01/21(Fri) 20:42 No.90  

専門的にはかなり突っ込んだ技術内容になりますので概要だけを書いてみます。

筐体はすべてアクリル樹脂です。アクリルの加工はぼくの得意とする分野でしたから。多くの美大生が卒業制作にライティングオブジェに挑戦します。が、光源で皆さん100%つまづきます。

通常、光のエネルギーはその反動で熱エネルギーを出します。熱とアクリルはきわめて相性が悪く、それをカバーするためにはランプハウスを大きくし、場合によっては強制冷却ファンをつけたりしなければならず、そうすれば当然不細工になり、デザイン的にも可能性が随分狭められてきます。また熱を発生させる光源はランプ寿命が短いようになっていますからメンテナンスが必要になってきます。

ぼくもその部分を解決するのにかなりの時間とコストがかかりました。
例のコンペに出品する前に完成度は今一だったのですが、産業デザイン地方展で、その発想性と商品化の可能性でグランプリをとっていました。それをプロ仕様に完成度を上げたのです。

先ず光源が熱を発生させないこと、そして基本的にメンテナンスフリーであること、そしてデザインの完成度です。ここまでくるのに電子回路開発の専門家の力を借りましたがその他は試作からすべて一人で取り組みました。あの時はハートが熱かったですねえ、燃えていましたよ。
そしてそれをほぼ100%完成させたのがこれです。審査員の先生方も地方展のときもそうでしたがその部分もかなり評価して頂いていました。

熱を出さなくて、半永久的で、光量があり、価格が手ごろで工作が容易となるとかなり狭められますがぼくの「成せばなる」の発想がそれを見事にクリヤーしました。



素晴らしい技術なんですねー。 野バラ - 2005/01/23(Sun) 00:13 No.91   HomePage

> 熱を出さなくて、半永久的で、光量があり、価格が手ごろで工作が容易…

それは願ってもないことですね。

よく見ると、下からライトを当てて、それがドーム状の覆いに映っているんですね。

私はこの前の発言で、うっかりグラスファイバーなんて書いてしまって、1時間後に間違いに気づいたんですが(訂正済)、ライティングオブジェにはよく光ファイバーが使われるようですね。これならわずかな光でも減退せず届いて効率がいいですよね。でもこれは当時ありましたか?

熱を発生させない光というと、LEDですけれど、あるサイトで見たら2万時間は点灯するらしいのに、私が1年くらい前に購入したLEDのスポットライトは数カ月で暗くなってしまいました。本体ごと捨てるしかない作りで、なんだかがっかりでしたが、不良品だったのかしら? その点joyさんの作品は半永久的なんて素晴らしいですね。



祝!美術部先輩の出版 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/18(Tue) 22:49 No.81   HomePage

高校時代、尊敬していた先輩が昨年末、2冊の本を出版されていることを、きのう知りました。

一昨年、昨年と新聞でも扱われていて、あの方なら、さもありなんと思っていましたが、なんともうれしいニュースです。


菅野先生、私のことご記憶でしょうか? 1977年の秋ごろ、ご一緒にKH(意味不明でしょうか(^^ゞ)に行ってくださいましたね。あのころから私はずいぶん回り道をしていました。

http://www.yomiuri-mc.co.jp/shingaku/newsgr/2004/dec/yomiuri/honjyo.html

これからもますますのご活躍、期待しています。



Re: 祝!美術部先輩の出版 joy - 2005/01/18(Tue) 23:54 No.83  

菅野先輩をKHに誘われたのですね。そうですか、思い起こせば熱意にかられていろんな方を招待しましたね。

ほんとうはぼくも純粋の美術に進みたかったのですよ。小学生の頃から自分や周りとの暗黙の了解でした。でも現実は超現実的な仕事。
デッサンやクロッキーを描きまくっていた頃が今はとても懐かしい思い出です。



携帯電話、デジカメ? 投稿者:joy 投稿日:2005/01/18(Tue) 17:22 No.78  
最近携帯を買い換えました。1年半使っていましたが充電しても電池寿命が極端に短くなってしまいました。今度のは最新式でもないようですがそれでも通話やメール機能はもちろんですが、カメラの性能ときたら少し前のデジカメよりもはるかに高性能です。200万画素、jpg、ズーム、編集、接写などの各機能などなど・・・。 マニュアル見ているともう頭がこんがらがってしまいます。

役所発注の工事管理写真が、たしか200万画素以上だからいざというときは使えますね。内部メモリー、外部メモリー合わせるとすごい容量、そのうちに1ギガ時代も到来するかもしれません。

コンピュ−たより人間の脳のほうがはるかに高性能だと理論上では理解できます。
が、実際の現場作業では記憶能力一つを取ってみても人間の脳のほうがはるかに劣っていると認めざるを得ません。

どこまで進化するのでしょうか、デジタルの世界は・・・



Re: 携帯電話、デジカメ? 野バラ - 2005/01/18(Tue) 21:17 No.80   HomePage

携帯を買い換えられたんですね。それは良かったです。
ところで機種は何ですか? 私のと、もしや同じでしょうか。

←vodafoneのV602SH。

カメラの画質は少し劣りますが、200万画素でSDカードが使えるので便利ですね。もっとも200万画素で撮影するのはまれで、通常1024*768か 480*640で使ってますが…。SDカードは付属のものが8MBだったでしょうか? 私は別購入した128MBを使っているので、動画の保存も数十分らくに出来ます。携帯になんでも付いてると便利は便利ですが、使いこなすのがアレですね(^^ゞ。



Re: 携帯電話、デジカメ? joy - 2005/01/18(Tue) 23:45 No.82  

機種は違いますね。
DoCoMo ムーバー D505iSです。 まだ十分使いこなせていないですね。動画も撮れるのでびっくりしました。



便利なケータイですね! 野バラ - 2005/01/19(Wed) 00:00 No.84   HomePage

D505iSですか。http://www.mitsubishielectric.co.jp/mobile/mova/d505is/

ケータイを閉じたまま写真が撮れるなんて便利ですね。
joyさんの作品投稿、期待しています。

出来ましたら480*640前後の画素数でお願いします。

楽しみです〜(^^)。



Re:76 『百世の安堵をはかれ-安政大地震・・・』 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/14(Fri) 16:26 No.77   HomePage
たまに気づいたときに見るNHKの「その時歴史が動いた」ですが、1/12(水)に「百世の安堵をはかれ安政大地震・奇跡の復興劇」というのをやっていて、最後の部分だけ見ました(再放送は今夜1:50〜2:33)。http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_syokai.html

スマトラ沖地震で津波の怖さが知れ渡りましたが、安政5年(1858)和歌山を襲った巨大津波に対して、濱口梧陵という方が防波堤を築いたという話題でした。

番組はよく見てないのでコメントのしようがないのですが、濱口梧陵という人は自分の夢(世界を見聞する)を実現するため、65歳のときにアメリカに旅立ったと言ってました。残念ながら旅先で病死されたのですが、いくつになっても精力的に行動される方からは、本当に励みをえられます。

joyさんの「戦国歴史のふるさとの旅」も、是非実現してほしいです。



Re: Re:76 『百世の安堵をはかれ-安政大地震・・・』 joy - 2005/01/18(Tue) 17:39 No.79  

生涯学習が言われるようになってもう何年もなります。若い頃、今の年齢になったころには、それまでに学んできたことの復習で新たな知識も学ぶことももはやないと考えていました。

ところがその地点にいざ立ってみると、なんと自分の知識や常識の貧弱さに嘆いております。必要に迫られて日々学ぶことは若い頃とちっとも変わりません。むしろ多くなったのじゃないかなあ、と考えているこの頃です。覚えた端から忘れてゆくからかもしれませんが(笑)

やはり人間は命がある限りは学習から逃れることはないようですね。
「戦国歴史のふるさとの旅」に備えて今日も歴史小説に目がいっております。



元寇 投稿者:joy 投稿日:2005/01/12(Wed) 16:14 No.74  

先日、ウォーキングコースを新しく開拓しました。
「生(イキ)の松原」という所があります。この日は風が強く、玄海の海はかなり荒れて白波を立てていました。
汗ばんだわたしの体がさすがに冷え冷えとしてきました。
北部九州は元寇の防塁の跡が何ヶ所もあります。13世紀には日本もモンゴル、中国、朝鮮の三国連合に侵略されていたんですねえ。
写真の左手にその防塁があるのですが見にくいですね。



Re: 元寇 野バラ - 2005/01/12(Wed) 17:51 No.75   HomePage

元寇ですかー。確か聞いたことが…、と調べてみると。
なるほどなるほど、例の神風が吹いたころですね。あんな昔から神風特攻隊の時代に至るまで、日本は神国だったんですねー。

人間という生き物は、いろんなことを自分の都合の良いように解釈するもののようです。見方によってはプラス思考ともいいますが…。自分に自信を持ちすぎると無謀な行動に走る危険もありますね。

元寇では、壱岐・対馬がまず攻撃されたという記述を読んで、つい先日、約30年ぶりにお会いした高校の同級生が対馬の方だったのを思い出しました。

高校時代、席が隣同士だったせいで比較的よくお話ししたほうなんですが、対馬の方だなんて聞いていなかったのでびっくりしました。学生時代は関東の親戚の家から学校へ通われたそうで、現在は長崎県庁にお勤めとのこと。先日こちらでお会いできたのは、県庁の東京出張所に現在赴任中だからでした。

それにしても、joyさんの散歩コースに海があるなんてうらやましいです!
こちらは海なし県でして、車で休憩を入れながら何時間も走らなければなりません。日本は島国…。海なし県はほんの少数なんですねー。先日、テレビのクイズ番組を見ていて、そのことにようやく気づきました(^_^;)。どうも、私も自分を中心に物事をとらえているようです。



Re: 元寇 joy - 2005/01/13(Thu) 00:27 No.76  

なるほど、海なし県は・・・群馬、栃木、埼玉、長野、山梨、岐阜、奈良、滋賀・・・ぐらいかな。それだけ国土が狭いということなんですね。

ぼくのところは海までは歩いて15分程度です。福岡市は人口140万人ですが周囲の都市圏を含めると200万人ぐらいかな。
それでも地方都市ですからかすごく住み良いですね。磯の幸は豊富だし、グルメは至れり尽せりだし、地方放送局は4社あってパーソナリティーの方々もとても親しみ深いし、交通は便利だし。
一度博多にきんしゃい!(笑)

その元寇の防塁もいたるところにあり、菅原道真公の大宰府政庁跡の都府楼史跡など、歴史的にも興味深いところですね。

歴史といえばなんと言っても関ヶ原を中心とした駿河、尾張、美濃、京都、浪花、信州、信越、越後などが興味深く、ドラマチックですね。
一度戦国歴史のふるさとの旅を計画しようと思っています。しかしなかなか時間と先立つものがなくて(笑)



Re:68 島崎藤村は… 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/08(Sat) 20:20 No.72   HomePage

joyさん、いつも書き込みありがとうございます。ちょっと最近忙しくてご無沙汰してました。

1/2(SUN) No.68で島崎藤村に言及してくださいましたね(遅レス、すみません)。すぐにネットで調べたんですが、藤村は日本ペンクラブの初代会長だったんですね。http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/home.html

歴代会長は故人となっている方が多いですが、大岡 信さんは、今でも朝日新聞で、長いこと「折々のうた」というコラムを扱っていますね。

あ、それで藤村ですが、たくさんの作品を残してますねー。どこかで聞いたことのある歌など、あれもこれも藤村が書いたの?と思うものがいろいろ…。でも私は実際に小説などを読んだことはないんです。学生時代というのは、文学について学びはしても、芸術作品としてそれを味わうには人生経験が足りないような気がしませんか。

ということで、ペンクラブのサイトでは、いろいろな文学作品を無料で読めるので、時間があるときには文学散歩もいいかなと思いました。

人間は先人から学んでこそ、知恵を身につけることが出来るのではないかと思います。人の生涯は短いですし、自分の人生経験だけでは大した進歩は望めないなと思います。

人は人によって研がれるというのは真実ですね(^^ゞ。joyさんからもいろいろ知的刺激を受けることができて感謝です。



Re:68 島崎藤村は… joy - 2005/01/09(Sun) 21:19 No.73  

正にそのとおりですね。
先人の知恵は何にも換えがたいものです。特に無思慮な現代人にとってはですね。



初雪 投稿者:野バラ 投稿日:2005/01/02(Sun) 02:03 No.66   HomePage

関東で元日に雪が降ったのは、21年ぶりという珍しい年始めでした。

写真左下は31日夕方17:10、ほか3点は1日7:15の我が家の2階から撮影した風景です。工場の屋根の向こうに見えるのは結婚式場で、朝日が当たって少し赤みを帯びています。

大晦日から降り始め、積もった雪は約15cmでしたが、1日午後にはすっかり解けてしまいました。



Re: 初雪 joy - 2005/01/03(Mon) 11:24 No.70  

関東地方の雪はすごかったですね。高校サッカーが雪の中でやっていましたがドリブルやパスのボールが転がらずに苦戦していましたね。

トップページが模様替えされていますね。野バラさんがご自分で撮影されたものだと思いますが、何か昔の、心の原風景を見ているようです。



Re: 初雪 野バラ - 2005/01/04(Tue) 19:39 No.71   HomePage

今月のトップページの写真はつまらないかな〜と思いながら置いてみたのですが、joyさんの原風景を思い起こさせるものとなりましたか。

私もだんだん年を取るごとに、遠い子供時代が懐かしく思い出されます。

今よりもずっと一日が長く、日が暮れるまで遊んでいたあのころは、夕焼けを見る機会も多かったですね。

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